【函館旅行・3日目(最終日)】(長文失礼します)
母(90歳)を連れて、両親の出身地である函館へ、弟と3人で旅行してきました。
所用を済ませた後は、母や父、そして私たち兄弟の昔の思い出を辿る旅になりました。
最終日の3日目は、まず父方の祖父が昭和初期に料理人をしていたという、老舗レストラン「五島軒」へ。
看板メニューのカレーをいただきました。
五島軒は、祖父が働いていた当時から同じ場所、同じ建物とのこと。そう思うと、目の前の景色が少し違って見えるようで、とても感慨深い時間でした。
館内には、140年の歴史を振り返る展示コーナーがあり、当時使われていた食器や道具、五島軒を題材にした小説や舞台なども紹介されています。
祖父がここで料理人として働き、父もこのロビーなどで遊んでいたのだと思うと、遠い昔の家族の時間が、ふっと目の前に浮かんでくるようでした。
カレーは、お肉も柔らかく、とても美味しかったです![]()
その後は、母方の叔父の家があった場所へ。
子どもの頃、何度か遊びに行ったことがあり、私たち兄弟と従兄弟たちで雪遊びをした場所です。
周囲には住宅も増え、当時の長閑な雰囲気とは少し変わっていましたが、そこに立つと、懐かしい記憶が次々によみがえってきました。
そして、立待岬にある母の実家のお墓参りへ。
昔は「自殺の名所」と言われたこともあったようですが、今はハマナスが一面に咲く、海を望む見晴らしの良い場所になっています。
母と一緒にここまで来て、お墓参りができたことも、今回の旅の大切な一つでした。
最後に訪れたのは、「青函連絡船記念館 摩周丸」。
青函連絡船は、1908年から1988年までの80年間、青森と函館を結び、多くの人を運んだ船です。
子どもの頃、電車で函館へ行く時は、寝台車で青森まで行き、そこから青函連絡船に乗りました。
船に乗ることが嬉しくて、ワクワクしながら過ごしたことを覚えています。
記念館では、青函連絡船の歴史や船の構造、当時の船内施設などを見ることができます。操舵室や甲板、座席のほか、靴を脱いで横になれる、じゅうたん敷きの2等席も再現されていました。
母が、こんな昔話をしてくれました。
私がまだ小さかった頃、横で寝ているおじさんの靴下に穴が開いているのを見つけて、私が指をさしながら「アナ、アナ」と言って困ったそうです(笑)。
私はまったく覚えていませんが(^^;;
そんな小さな出来事まで、母の記憶の中にはちゃんと残っていたんですね。
今回の函館旅行は、3日間とは思えないほど、本当に充実した旅になりました。
実際にその場所へ行ってみると、それぞれにいろいろなことを思い出し、それを母や弟と語り合い、共有することができました。
「ここに祖父がいたんだね」
「ここで遊んだね」
「昔はこうだったね」
そんな会話ができたことが、何より嬉しかったです。
母は長く歩くことが難しいため、空港やホテル、訪問先では車椅子のお世話になりました。
それでも、90歳になった母と、弟と3人で、母と父の故郷・函館を訪ねることができた。きっと、これから先も忘れない旅になると思います。
また母と一緒に、どこかへ旅に行けたらいいな。
そして今回の旅で、家族の記憶は、場所とともに残っていくものなのだと、あらためて感じました。















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